シリア難民の新たな一歩を支える ~トルコにおける保健支援事業~

難民の課題は移動のリスクにとどまらない

シリアからの難民を乗せた船が地中海上で遭難し、幼い子どもを含む多くの人が亡くなりました。その悲劇に世間の関心は大きく高まりましたが、難民が直面する問題は移動中のみにとどまりません。新たな土地にたどり着いても、言葉も文化も異なる場所で生活するのは容易なことではないからです。

日本政府の資金援助を受けて国際赤十字は、様々な人道支援を行っています。2014年からの拠出総額は180万米ドル(約18千万円相当)にのぼり、現在は、トルコ赤新月社(赤十字にあたる組織)がシリア難民のために行う保健・生計支援活動を支援しています。本号では、今年10月9日から12日にかけて、トルコのアンカラを訪問した日本赤十字社槙島敏治医師から、活動の最新情報をご報告します。

都市部に増加するシリア難民

シリアの隣国トテキスト ボックス:
 保健サービスはシリアから逃れた人々の
 セーフティーネットになっている
ルコには、これまでに310万人を超える人々が流入し、世界で最多の難民受入国となっています。シリア難民と言うと、ドイツやフランスなどのEU諸国を目指して移動するイメージが強いかもしれませんが、実はその多くがトルコ国内にとどまっています。その理由として、トルコとシリアは、もともと文化や風習を共有し、人々の往来も盛んであったことから、シリアの人々にとって比較的生活しやすいことがあげられます。

首都アンカラやイスタンブールなどの都市部に暮らす難民はおよそ240万人に上ります。その数は、トルコ各地の難民キャンプに住む30万人の8倍におよびます。彼らの20%は親戚や知り合いのもとに暮らし、残る80%が自らアパートの部屋などを借りて生活しています。ひとたび難民キャンプを離れると、自分たちの力で住む場所を探し、生計手段を得て、コミュニティの中で生きていく必要があります。赤十字の支援は、こうしたシリアの人々が必要な公共サービスを受けつつ、新たな生活を自立的に送るために役立てられています。

コミュニティ・センターを通じた保健活動

トルコ赤新月社は、国内の6カテキスト ボックス:
トルコ赤新月社スタッフへの聞き取りを
行う日本赤十字社の槙島医師
所でシリア難民の生活を支えるコミュニティ・センターを運営しています。そのうちの一つが、アンカラ市北部の住宅地にあります。この地域は比較的低所得者が多く、そこにおよそ5万人のシリア難民が暮らしています。

コミュニティ・センターの最も重要な活動は、シリア難民の健康を守ることです。シリアから来た人々の多くはトルコ語を理解することが出来ません。急な症状が出ても、どの医療機関を受診すれば良いのか、また医師にどのように伝えれば良いのかわからず、その結果、症状を悪化させてしまいます。そこで、コミュニティ・センターには、トルコ語の通訳をはじめ、ソーシャルワーカー、ケースワーカー、臨床心理士が駐在し、連携して必要なサポートを行っています。通訳は合計6人で、2人ずつが三交代制を組み、緊急時には夜間でも対応します。

ケヴセルさんは、数カ月前にシリアのダマスカスの近郊から、夫や子どもと共に、戦火を逃れてアンカラに避難しました。「こちらに来てから、子どもが急に高熱を出したのです。その時、コミュニティ・センターは、私達にかわって病院に連絡をしてくれました。子どもの命を助けてくれて、本当に救われたと思いました」と緊迫した状況を振り返ります。

疾患の種類は、内科的なものから、歯や眼の病気など様々です。一方、彼らの抱える問題が医療サービスのみで解決するとは限りません。ケースワーカーのエレンさんはこう述べます。「ある女性は、トルコに来て性犯罪の被害にあってしまいました。彼女の夫は、シリアに戻ったまま行方がわかりません。彼女には心理カウンセリングや避難民登録のサポートを行い、また夫についても国際赤十字を通じて安否調査を行っています。このように、置かれている状況や課題は個別的なものですので、一人ひとりに寄り添った支援を心がけています。」

生活の全般をきめ細やかにサポート

コミュニティ・センテキスト ボックス:
トルコ語の学習プログラム
ターでは、この他にも多岐にわたる活動を行っています。その一つが、トルコ語教室のほか、パッチワーク、コンピューター、手工芸などの職業訓練コースです。これらのコースは、公的な資格を取得するためのカリキュラムが組まれています。参加者の多くは女性で、明確な目的意識をもって真剣なまなざしで課題に取り組んでいました。

子ども達への支援も、コミュニティ・センターの重要な役割です。ここは、子ども達にとって安心して過ごせる空間です。単に遊ぶだけではなく、社会的な訓練、トルコの習慣への適応をサポートしています。特に未就学児にとっては、同世代の子ども達と出会える貴重な場となっているのです。私が訪問した際は、健康教室が開催されており、およそ60人の子ども達が思い思いにカーペットの上に座り寸劇や映画を楽しみながら、若手のボランティアから正しい歯の磨き方を学んでいました。

「難民」ではなく、ひとりの人間。その夢に寄り添うために

日本にいると、シリアから逃れた人々を「難民」という言葉で一括りにしてしまいますが、コミュニティ・センターで出会った人々は、その一人ひとりが様々な歴史を持ち、時に重荷を抱え、しかし夢や希望を持って前向きに暮らそうとしています。ケヴセルさんは、こう語ります。「ここに来ると、本当の我が家にいるみたいで、力を得ることが出来ます。将来は通訳になりたいと思っています。当面、祖国のシリアに戻る気はありません。今の私の夢は、子ども達にしっかりとした教育を受けさせることです。」

彼らの中には、シリアでも赤新月社の支援を受けた人があり、赤十字・赤新月の活動に大きな信頼を寄せています。また、トルコ赤新月社のスタッフやボランティアは「隣人を救いたい」という強い思いのもとに、献身的に活動に携わっています。他方、コミュニティ・センターの受入能力には限界もあり、増え続けるニーズにいかに応えていくかが課題となっています。そのためには、活動を支えているトルコの人々や日本からの支援のもと、シリアの人々が自らコミュニティ・センターの運営に関わり、最も必要なサポートを取捨選択し、彼らの夢を実現する仕組み作りが大切ではないかと思います。

日本赤十字社の中東支援

日本赤十字社は、トルコをはじめ深刻な人道危機に陥っている中東地域を重点的・優先的に支援するため20153月に「中東地域紛争犠牲者支援3カ年計画」を策定しました。本年度は、本計画の中間年度であり、赤十字の強みである「国内外ネットワーク」および日本赤十字社の強みを生かした「医療・保健分野」で一層の貢献をしたいと考えています。皆さまの温かいお心が、赤十字の活動の支えとなります。皆さまの中東人道危機救援金へのご支援をお待ちしております。

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